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HISAYOME自身の事 幼少期   姉妹

文章にまとめてみて、自分の荒んだ幼少期にある思い出のもう1つ。

 

たぶん平日に母親が宗教に熱をあげてかなりの頻度で集会に参加していたこと。

掘立小屋のような場所で母方の祖母(ここがもう既に猛毒でした。)と母方の姉妹数人(HISAYOMEの母親は4人の姉妹と2人の兄弟がいます。)と合流し延々の読経とお布施タイム。その間はずっと正座です。それが辛くて嫌でとにかく帰りたかった。

動くと近くに座る祖母に強く抓られる。髪を引っ張られる。

 

今思うとお寺でもないのに何の宗教団体だったのか分かりません。

母は私達姉妹に「お父さんには内緒だよ。絶対だよ。」と言っていました。

父親は長距離のトラック運転手。家にいない事はしょっちゅうでした。

HISAYOMEの家庭は家庭として機能していませんでした。

父には恋人がいましたし(母談です。)、母はそれを知りつつ実家に寄生。

家族が全員で集まって食事をとることも稀。

家族団欒もなければ、彼らの趣味に子供を連れまわす始末。

しょっちゅう夫婦喧嘩をしていましたし、家族全員がストレスと秘密を隠して同じ家に住んでいました。

 

HISAYOMEはそんな家庭で育ちました。

 

しかし、私たち姉妹は同じ製作者から作られてまったく真逆のタイプです。

姉は小さく白くて賢く、大人しいタイプ。一方の私は大きく黒くて劣等生、活発。

見た目のみならず中身も正反対なので、両親は姉を溺愛していました。

いつも比べるては「あんたはなんでそう・・・・・」「あんたは本当にゴソ(方言ですね)だ。」「育て方を間違った。」と言っていました。

そしてよく、「あんたが出来たときは男の子だと思ったのに・・・・」「私は男の子が欲しかった。」と絶えず私に言いました。

 

姉は母親が私にそう声をかけるのを見ていて

(私だけは優等生でいなければいけない)と思っていたようです。

そして比べられる姉妹は仲良く遊ぶ事もなく、次第にお互いがお互いを卑下して育ちます。遊ぶのも個々。

 

私はというと、両親の求める理想と正反対の行動をとることで親の注目を集めようとしていたのだと思います。姉の様にはなれないという思いが強かったのでしょうね。

とにかく怒られる。なじられる。叩かれる。

私は幼少期から頻繁に叩かれて育ちます・・・・・・・・

そんな家庭から逃げるようにいつも外で1人で遊んでいました。雨でも。真夏でも。

外遊びが大好きな子でした。

この頃から私は既に他人と調和がとれない。人間関係がうまく築けない子供でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大人になった今では姉とは普通に接する事が出来ます。連絡もとります。

ただやはり、お互いにどこか一線を引いて接している気がします。

姉妹で仲がいい、兄弟で仲のいい話なんかを聞くと(いい家庭環境で育ったのかなぁ~?)って思ったりします。素晴らしいですよね。

今思い返すと、本当に外遊びで学ぶ幼少期でした。

私は今でも自然が大好き。子供は沢山外で遊ぶ経験が大切だと思っています。

両親が教えてくれない事も外遊びで学びました。