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中学2年生  世代交代 I先生との一悶着

HISAYOMEの事

I先生には日頃からコテンパンに言われ続けていた私。

注意された事に対する返事が小さい、反省してない顔をしている。そんな感じで追加でグラウンドを走らされる。日常茶飯事です。

 

バスケの世代交代を目前にした頃、I先生は妊娠します。

そして私は「時期キャプテン」を命じられ、即答で断ります。

小学校の時のようにチームの指揮をとってみんなの前で殴られ叩かれ行き場のない思いを抱くのはまっぴらごめんでしたし、母親から「キャプテンなんかには絶対になるな。」ときつく言われていました。理由は聞かされていません。

が、のちのち(私の為に言ったのではなく、練習試合なので必要な車を出すことを懸念した為)(姉が高校に入学し、そちらの応援や遠征に行かなければ行けない為)という事がわかります。

キャプテンを断ったことをきっかけに「頭を冷やせ」という理由で私は練習への参加を認められず1人悶々とした1週間を過ごしました。

その事に関して母親は「ははは!よかったじゃん!」と一言。

私はその1週間放課時間や授業後のさんざん呼び出されて「何故いやなのか?」「なんでやらないのか?」と問いただされていました。私はずっと黙っていました。

バッシュを投げられても、椅子を蹴られても。罵られても。

(お前がやらなくて誰がやるんだ!チームの事考えろよ!勝手な奴だな!)

結局私が同期の中で1番親しかったEちゃんがなってくれました。

この件と妊娠がきっかけでI先生はバスケ部の顧問を辞めます。

最後の「お前みたいな自分勝手な奴の面倒は見きれん!勝手にしろ!」と言われた言葉が今でも耳に残っています。

私は間違ってるのかな?なんでこんなに怒られるのかな?なんで私こうなんだろう?

私がいなければいいのかな?そうぼんやりと考えていました。

 

私は大人に罵られているとき心の底から

「普通の家に生まれたかった。普通に家族で買い物したり映画行ったり、TV見たり。普通がいい。」と思っていました。

TVもゲームもその当時流行ったポケベルも勿論なし。

あれもこれもダメ。あの子と付き合っちゃダメ。私には選択する自由も、発言の自由も、心の自由もありませんでした。

私の親友だったEちゃん。彼女もまた私の母親が毛嫌いする友人でした。

明確な理由はありません。私と顔を合わせれば「またE?」母子家庭だから?お姉ちゃんとお兄ちゃんが金髪だったから?なんとなく?

わかりません。彼女は優しい子でした。人を思いやることが出来る子。

我が家の母親のように人を見た目で判断しないお母さん。目をみて会話してくれるお兄さんとお姉さん。私には自分の母親よりも素晴らしい人に思えました。

私は暇があればEちゃんと一緒にいました。

彼女と同期の友人だけは私が心を許すバスケの話で私を追いつめない人。

他愛もない話や冗談が言える友人でした。

 

そんな関係が崩れる日なんてないと思っていました。

 

 

そんな中、姉は特待生としてバスケ部に入り、学校の敷地内にある寮の寮生となりました。彼女はT先生の元でも成績をのこし県の優秀選手を集め、各県のJR選抜チーム全国大会でも好成績を主力メンバーとして残しました。

姉は遠い存在の選手でした。私の実家は今でもほとんどが当時の姉のバスケットボールの集合写真などです。

大嫌いだった姉が高校に入学すると遠い存在に思え寂しく思ったのを覚えています。

姉の高校入学をきっかけに、私は進路をどうするんだろうか?と考え出したのを覚えています。